大塔宮こと護良親王は後醍醐天皇の皇子で、鎌倉幕府打倒に貢献したが、足利尊氏の陰謀により鎌倉二階堂で幽閉の身となり、建武2年(1335)に28歳で生涯を閉じた。明治天皇はその霊を篤く追慕し、明治2年(1869)に勅旨をもって一社を創建、自ら社号を鎌倉宮と定めた。明治6年(1873)には明治天皇の行幸を仰ぎ、官幣中社に列格された。

境内には御祭神ゆかりの京都から移植された樹齢約150年の「いろはもみじ」の対樹があり、社務所前の広場を覆いつくす紅葉は「紅天井」と呼ばれる名所として知られる。